まもなく終点の西武池袋線飯能です。▼
先月のドイツ・フランクフルトでは飯能行きだと思って乗ってしまいました。▼
で、気がついたらも昔の西武線の赤電にしては鮮やかな電車で飯能に到着。▼
今日はここから黄色い電車に乗り換えてこの先に進みます。▼
ロングシートの明るい車内。今日は珍しく2000系です。今は4000系のクロスシートが主ですが、子供の頃は全て101系のロングシートでした。黄色い電車で秩父に向かうのは今世紀になって初めてです。▼
東吾野での交換待ち。次の吾野から西武秩父線になります。子供の頃はこのあたりにくると国鉄旧型輸入電機やEF65にも似たE851に牽かれたセメント貨物列車ばかりでした。▼
もうすぐ終点の西武秩父です。子供の頃は対面の窓いっぱいに広がる武甲山に感動しました。ロングシートの旅も、701系から見る羽越本線の鳥海山のように景色によっては悪くありません。▼
西武秩父に到着です。武甲山には雲が掛かっています。▼
徒歩20分ほどで羊山公園まで来ました。武甲山をバックに鮮やかな芝桜が広がります。▼
木の影のベンチで休憩です。天気はあまりよくないですが、かなりの行楽客で賑わっています。▼
秩父に来たらやはりこれ。みそおでん¥200也を頂きます。▼
羊山公園の見晴らしの丘から秩父市街を望みます。雲で隠れた山々の向こうは群馬県です。方角的には県境の神流川(かんながわ)下久保ダム方面です。下久保ダムも公共交通機関で是非行ってみたいポイントです。▼
芝桜は見頃ですが、藤はまだこれからです。▼
せかっくなので武甲山資料館にも寄って行きましょう。▼
昭和30年頃の武甲山。まだあまり削れていません。(受付で聞いたら館内の撮影はOKだそうです。)▼
秩父の山々にもツキノワグマがいるそうです。▼
羊山公園から秩父駅付近まで来ました。SLの走る秩父鉄道。非電化なのに何故か標識にパンタグラフのある釧網本線と違って標識に偽りなしです。▼
踏み切りを渡ってすぐの蕎麦屋でおすすめセット¥1,530也をいただきます。山の幸が満載です。▼
秩父駅まできました。▼
駅構内には有蓋貨車が留置されています。▼
ほら。ドイツとたいして変わりません。▼
ドイツといってもここは埼玉でしょう。ね。飯能って書いてありますし。▼
普通列車まで30分以上待つので急行料金¥200払って急行「芝桜」に乗ってしまいます。▼
ちちぶ餅をお供にいつものスタイルで進みます。▼
ほら。ズボンだって靴下だってドイツの時とおんなじです。▼
大野原を過ぎると太平洋セメントの工場が見えます。▼
ヲキ100を牽くデキ500型とすれ違います。太平洋セメントの熊谷工場まで石灰石を運びます。ちなみに同工場には鶴見線扇町から日本で最後となった石炭運搬貨物列車で石炭が運ばれます。▼
秩父鉄道6000系は元西武鉄道101系ですが、いつの間にかクロスシートになっていました。▼
昭和44年に正丸トンネルで秩父から飯能に鉄道が抜けられるようになる以前は、荒川に沿うこのルート以外に主だった物流のルートはありませんでした。▼
寄居に到着。お疲れさまでした。ここから八高線で帰りたいと思いますが、40分以上待たねばなりません。普通列車でも良かったかもしれませんが、元西武鉄道101系による時空の旅ができたのでこれで良しとします。▼
駅前のスーパーはいつの間にか閉鎖されています。過疎化は何も北海道とかだけの問題ではありません。▼
周辺散策をしながら秩父に戻るヲキの空車を見送ります。頻繁にやってくるので、駅のホームに上がっていたほうが良かったほうがいい写真を取れたかもしれません。▼
18:02発高麗川行きが入線です。▼
この駅で交換する同じく18:02発高崎行きで大回り乗車して帰ることにします。▼
実は八高線寄居・倉賀野間の乗り残しがあるため、埼玉・群馬のJR線は完乗していません。▼
倉賀野に到着。八高線をコンプリートです。ここで降りずに終点の高崎までいくと大回り乗車のために両毛線で小山まで行かなければなりません。高崎で駅弁を買って115系の中で食べる旅ができますが、今日は高崎線上りで帰ります。▼
春の秩父・羊山公園の芝桜・周辺散策はこれで終わりです。