2014年11月8日土曜日

東京→那覇:マルエーフェリー「飛龍21」乗船記(2)・日本列島近海南下の旅

2014/11/2 日曜日

午前7時。目が覚めました。

他の船にはないアナログなナビ。現在紀伊半島熊野灘沖を航行中です。

午前7時15分で食券の販売が始まりました。朝昼夕とも15分くらいで閉まってしまうので、これを逃すとおまんまにありつけません。3日間の船上でのサバイバル。今日からこれが日課です。

売店の「まりん まりん」。こちらも営業時間は食事時付近で、係員の方が食堂対応しているときは一時閉店です。沖縄名物Bule Seal アイスは残念ながら販売休止でした。

食券販売終了後30分くらいして食堂オープンです。どうやら”給食 on demand”、日本が世界に誇るカンバン方式、ジャストインタイムの生産体制を敷いているようです。

今朝のオーダーは和定食・目玉焼き¥740也。テーブルに着くまで気づきませんでしたがなぜかご飯が2つ。1つ返しに行ったら「残して結構です。」とのこと。間違えのようでしたが、お言葉に甘えて「残さずいただきました。」

午前9時本州最南端の潮岬を通過します。東京港をほぼ同じ時間に出るオーシャン東九フェリーより2~3時間ほど早いです。(詳しくはオーシャン東九フェリー「おーしゃんさうす」乗船記を参照)

日本郵船のコンテナ船。大阪方面から太平洋に出る船が行き交います。

昼食はオーソドックスにカレー¥530也をいただきます。食事のあとは甲板に上がって見ましょう。

甲板後方のコンテナデッキです。

コンテナ同士をつなげる金具。どうして海に落ちないのかが解りました。

室戸岬を通過。まだ学生時代だった23年前の10月土讃線普通列車で高知入り。翌日レンタカーを借り台風の中をここを目指してひた走りました。これも一人旅の原点のひとつです。

徳島から牟岐線経由での室戸岬アプローチは今後の課題です。

給湯器で持ち込んだコーヒーを淹れます。

キハ40単行列車の車内のスタイルで海を見ながら揺られます。好きなときに昼寝をしたり、甲板で風に煽られ、航行する船や水平線をただ見つめる時間。これだから船旅はやめられません。

足摺岬を通過。これで四国ともお別れです。

宿毛、八幡浜などといった地名を見ると、豊後水道横断といった次の妄想夢が広がります。

太平洋に沈む夕陽です。

残念ながら雲に沈んでしまいますが、うろこ雲が夕陽に映え綺麗です。

ときおり乗客が移動させている場合もあるアナログナビは日向灘沖をを示しています。

夕食は豪勢にエビフライ定食¥950也。この船はとにかく食事がおいしく、他の船に比べて非常にコストパフォーマンスが高いです。伊達にカンバン方式を採用していません。

午後11時過ぎ。人生最南端の指宿枕崎線西大山と同緯度(北緯31.2°)となりました。ちなみに人生の最北端はロシア・ヴァラーム島(北緯61.3°)、最西端はパリ・シャルル・ド・ゴール空港(東経2.5°)、最東端はボストン・ローガン空港(西経71.0°)で何故か最南端だけ国内です。ちなみに海外はすべて仕事で、そもそも海外に一度も自腹で行ったことがありません。仕事の場合も内外ともに何故か殆ど一人旅です。

これから夜半にかけて薩南諸島を下り、明日の朝に奄美大島に到達します。

今夜は寝たまま人生最南端記録を更新し続けます。















2014年11月6日木曜日

東京→那覇:マルエーフェリー「飛龍21」乗船記(1)・東京港出港

2014/11/1 土曜日

りんかい線で国際展示場まで来ました。

そのまま東京ビッグサイト方面に進みます。

東京ビッグサイトのすぐそばの有明客船ターミナルから有明埠頭を望みます。写真では分かりにくいですが、埠頭の最先端にはオーシャン東九フェリー新門司行き「おーしゃんのーす」が出発の時を待っています。肉眼でも双眼鏡を使わなくては分かりません。(以前の記事「おーしゃんのーすの乗船記」はこちらをご覧下さい。)

有明埠頭に渡りますが、今日は「おーしゃんのーす」とは別の船に乗ります。

今日は関係者なのでこのまま埠頭に侵入します。

ゲートを抜けると19:00発マルエーフェリー「飛龍21」那覇新港行きが出発の時を待っています。実はこの航路は国内最長で前から乗りたいと思っていたのですが、来月12/4発の便で休止となるというので急遽乗船することにしました。

世界にその名を轟かせる大都市”東京”の豪華客船「飛龍21」に相応しいフェリーターミナルで乗船手続きをします。

16:30昭和の香りが漂うフェリーターミナルより乗船です。那覇到着予定時刻は2日後の15:00。44時間2泊3日の船旅の始まりです。

2等船室。同じ神奈川県に住む船好きの学生さんと同部屋でした。今回ファイナルクルーズスペシャルプライスということでネット予約だと料金は通常の半額の¥13,620でした。

寝て1畳ですが、個室になります。

枕カバーは案内所でもらえます。アレな枕も少しは様になります。

雨が滴るファンネルにウッドデッキ。とても綺麗です。

貨物の積載に時間がかかり、予定より約1時間ほど遅れて東京港を出港です。船体は後ろ向きですが、ここで見事な転回があります。(転回の様子は以前の記事をご覧下さい。)

中央防波堤方面からゲートブリッジにアプローチです。

甲板は船オタク達で大盛り上がり。この航路に3回乗ったという方+その旦那さんとも航海中始終お話させていただきました。人とこんなに船の話をしたのは生まれて初めてです。(というか、知人に船の話しがわかる人がいません。)

22:00浦賀水道を抜けて太平洋へと出ます。

同室の学生さんと船+路線バス+鉄道(主にローカル線普通列車)の旅について語りあってとにかく今日はお腹いっぱいです。午前3時いつもより遅く床に付きます。

沖縄への旅はまだ始まったばかりです。
(続きはこちら






2014年9月22日月曜日

名鉄海上観光船「フラワーライン」乗船記・三河湾周遊乗り鉄の旅

2014/09/15 月曜日

朝9時20分。新快速大垣行きで東海道線で西に進みます。

約10分で蒲郡に到着。

駅からすぐに蒲郡港の竹島埠頭があります。タグボートのタイヤ。真近でみるととても大きいです。

名鉄蒲郡線6000系で出発です。

三河湾を望みながら進みます。

終点の吉良吉田に到着。名鉄三河線のここから碧南までの区間は10年前に廃止されて今はバスに転換されているそうです。何気に乗った名鉄線ですが、鉄道の衰退がここでも見られます。

ここからは名鉄西尾線6500系で内陸部に進みます。右奥に見えるのはここまで乗ってきた車両。蒲郡に戻ります。

南安城に到着。ここでまた東海道線に乗り換えます。

佐屋行きのこの電車は名古屋のその先に行くそうですが、佐屋ってどこでしょう?まるで土地勘がありません。

東海道線の安城駅まで15分ほど歩きます。今日は敬老の日で国旗が掲揚されています。

安城に到着。時刻は11:30を過ぎたところ。腹ごしらえをするのならこの辺ですが、まだおなかがすかないので先に進みます。

新快速大垣行きで大府に到着。

武豊線のキハ25が到着しました。面構えは313系電車と区別がつきませんがこれは気動車です。来年度から電化されるので、武豊線でこの車両に乗れるのも今年度が最後です。

沿線は工場地帯。三河湾の西側を囲む知多半島の先へと進みます。

終点の武豊に到着。すでに架線があります。来年は同じ顔をした313系電車に置き換わっていることでしょう。

知多武豊からは名鉄興和線で終点の興和まで行きます。

興和に到着。お疲れ様でした。1000系パノラマsuperは特急列車ですが、自由席は運賃のみで乗れます。

知多半島先端の師崎(もろざき)港行きの知多バスに乗車します。

車窓に三河湾が見えてきました。対岸は渥美半島です。

終点の師崎港に到着。ここから伊良湖(いらご)まで船で三河湾を横断します。

船の出港時間まで時間がまだあるのでしらす丼¥630を頂きます。

名鉄海上観光船フラワーラインが入港です。

14:50師崎港を出港です。

実はこの航路は今月で廃止となり直接師崎から伊良湖までは渡れなくなります。

風に吹かれながらコーヒーでも飲もうとしましたが、在庫があるのはリアルゴールドだけです。

左舷に日間賀島が見えます。今後はこのような離島を渡って三河湾を横断することになります。

対岸の渥美火力発電所です。

伊良湖岬が見えてきました。右に見えるのは神島です。神島の右方向は紀伊半島です。

実はこの航路(下の写真の青い航路の名鉄フェリー)は、今年の4月に伊良湖-鳥羽間を結ぶ伊勢湾フェリー乗船時(乗船記はこちら)に見つけたもので、このとき9月で廃止ということを知り今回の乗船に至りました。

伊良湖港を出港する伊勢湾フェリー鳥羽丸と入れ替わりに入港します。4月に乗船した船です。

防波堤を過ぎました。右手に見える鳥羽丸は神島を越え別方向の対岸の紀伊半島に渡ります。

乗下船は車両甲板からです。

豊鉄バス菜の花号に当たりました。再びバスで渥美半島を進みます。

三河田原からは豊橋鉄道渥美線に乗り換えです。今回のカラフルトレインは”椿”です。

終点に新豊橋に到着。三河湾を周遊して豊橋に戻ってきました。

構内には前回乗ったカラフルトレイン”菜の花”が止まっています。

駅前の餃子の王将で”豊橋セット”をいただきます。どこが”豊橋”なのかは不明です。

浜松までこだま678号、その先はひかり480号で帰ります。

カーフェリーで師崎と鳥羽がこんなに近いのは今月限りです。またひとつ公共の定期航路が減ってしまいました。今後は周辺の離島散策が課題になりそうです。


三河湾周遊の旅はこれで終わりです。