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2016年9月9日金曜日

中湧別→旭川:旧名寄本線路線バス・石北本線の旅

2016/8/12 金曜日

旧名寄本線・湧網線の分岐点の中湧別駅です。▼

今は、道の駅“かみゆうべつ温泉チューリップの湯”が併設されています。▼

プラットホームには車掌車やラッセル車が展示されています。▼

道の駅で、ゆうべつ牛ステーキ定食を¥1,300也を頂きます。のんびり昔の駅跡をバスで訪ね、ゆっくりと食事。こういった自分だけのペースを乱されない一人旅はホントやめられません。▼

湧別町文化センターTOMに戻ってきました。▼

センター内には、中湧別駅を偲ぶものが展示されています。▼

スタッフキャリアーがまだ使われている留萌本線の留萌・増毛間も12月で廃線となります。増毛駅も、ついぞ鉄道公園になってしまいます。この旅の初めで聞いた石勝線夕張支線のさよならの言葉。過ぎ去りし日々の夢を叫ぶときが、さらにひとつ増えます。▼

漫画美術館。モンキーパンチ氏、いがらしゆみこ氏などの原画が展示されていました。大御所の作品は撮影禁止です。モンキーパンチ氏の初期の作品。少女とそれをとりまく小僧達の秘密のアッコちゃんのようで、じゃりんこチエのようで、SFチックな物語。氏のその後の漫画にもあるタッチの絵に、特に惹かれてしまいました。▼

15:31遠軽行きが到着です。旧名寄本線の旅を続行します。▼

車窓からはチューリップ公園が見えます。▼

16:00終点の遠軽に到着。お疲れさまでした。▼

ここからは、久しぶりに鉄道の旅です。▼

アナログな電光表示でのりばが示されています。▼

跨線橋から中湧別方面を望みます。かつてここからオホーツク海沿岸まで鉄道が延びていました。さあ、先に進みましょう。▼

旭川方面のキハ40に乗り込みます。▼

16:12発4620D。石北本線の遠軽・上川間唯一の上り普通列車です。▼

久しぶりにこのスタイルで出発です。▼

前面展望。右に左に曲がりながら山の中を走り続けます。▼

丸瀬布に到着。今年のダイヤ改正で下白滝駅が廃止され、隣は白滝となってしまいました。▼

白滝から隣の上川までの営業キロは32.8km。57分もかかります。▼

中越信号所。15年前に廃止された中越駅の駅舎です。▼

17:55上川に到着。ここで58分の停車です。▼

さあ、1時間どうすごしましょうか?駅舎内ではアラサーくらいの若いお兄さんが西洋系の年配の夫婦に英語で状況を説明していました。▼


あれだけ、上手く英語がしゃべれたらなぁ、と思っていたら...

Are you Japanese?

あれ?なんで日本人から英語で話しかけられるの?

しかも、日本人ですかって?

と思いましたが、どこから来たか聞いたらお兄さんはマレーシア人でした。まあ、良く見れば東洋系でも日本人でないことは明らかでした。スペインから来たと言う夫婦と、駅の窓口が閉まっているので、どうしたらいいか誰か日本人に聞いてみようという話しをしていたとのことです。

駅にはどうみても日本人な人が10人ほどいましたが、相変わらず自分が話し掛けられます。

・昨年の8月下関で、韓国人から「写真撮ってください。」
→はい、どうぞ。

・昨年の12月余市で、オーストラリア人から「クチャン・クチャン」
→この列車は倶知安に行きます。ご心配いりません。

・今年の2月サンフランシスコで、Can you speak Chinese?
→日本人ですし、そのようなレストランは知りません。

・今年の5月、阪九フェリーのデッキで、
「今、何時ですか?」
→9時50分です。

「あの橋はなんという橋ですか?」
→瀬戸大橋です。

  ・・・と、枚挙に暇がありません。

その他「ボールペン貸してくれと」いうのもあるので、ホント舐められているのか、信頼されているのかよく分かりませんが、秋葉原で、

「新宿行くのは緑の電車。黄色い電車じゃないから気をつけてね。」

とインド人の肩を叩いて、自信持って総武線のつもりで山手線を教えてしまったのはこの私です...ごめんなさい。

...でも、時間かかるけど、どっち周りに乗っても新宿には着いたと思うからいいですよね。


気合と度胸だけの英語で、結局30分くらい彼らと、バルセロナと北海道は緯度が同じとか、スペイン語で「こんにちは」は「コモエスタ・ウステ」だとか、マレーシアから新千歳への直行便はある、というような話をしていました。

せっかくだから足湯につかると意気揚々の彼ら。でも湯が枯れていたとすぐ戻ってきました。▼

予期せぬ話相手のおかげで、すぐに1時間は過ぎてしまいました。▼

夕暮れる空を見ながら、北の大地を駆け抜けます。▼

旭川駅でマレーシア人のお兄さんと握手をして、それぞれの向かう人混みに紛れました。

(続きはこちら)




2016年9月8日木曜日

紋別→計呂地:旧名寄本線・旧湧網線路線バスの旅

2016/8/12 金曜日

紋別の朝です。冬は流氷の浮かぶ海が見えるそうです。▼

今日も紋別バスターミナルから廃止鉄道路線を辿る路線バスの旅が始まります。▼

この街に来たのは去年に続いて二度目。色々と見所もあるようですが、今朝はホテルでゆっくりしていました。11:00発遠軽行き北紋バスで旧名寄本線を進みます。▼

橋の上でトラクタに道を阻まれしばし徐行です。前面展望のすべてが覆われてしまいました。▼

11:56中湧別に到着。お疲れ様でした。中湧別は旧名寄本線と旧湧網線との分岐点でした。ブログ中の到着時刻は実はあとからまた調べています。実際に正確なので、イレギュラーが無ければいちいち記録しておく必要がありません。ホント日本の公共交通機関は大したものです。▼

バスセンターは湧別町文化センターTOMに併設されています。この施設は役場の出張所や漫画美術館などがあります。▼

昨年は通り過ぎただけですが、今回はここを起点に旧湧網線を辿る路線バスの旅を始めます。▼

かつては中湧別から網走まで湧網線転換の網走バスが運行されていましたが、Wikipediaによると2010年に廃止されてしまったようです。今は湧別町営バスで計呂地まで行けます。12:20のバスの乗客はおじいさんと自分だけでした。▼

発車して100mくらい走ったところで突然停車。おじいさんの連れのおばあさんが乗ってきました。どうやら、発車時刻までにバス停にたどり着けなかったようです。このおおらかさがあればこそ、お年寄りの活動範囲も広がるものです。▼

程なく老夫婦が下車し、すぐに完全貸切状態となってしまいました。▼

サロマ湖が見えてきました。常呂まで35km、網走まで67kmです。常呂・網走間は旧湧網線転換路線バスとして網走バスが運行されていますが、計呂地・佐呂間間は公共交通機関はなし、佐呂間・常呂間(終点は網走向陽ヶ丘病院)は水曜日に1往復だけ、佐呂間町営バスが運行されています。うまく日時を合わせこのバスの終点の19号線と佐呂間バスターミナル間を歩けば、旧湧別線路線バスの旅は完遂できなくもないですが、このあたりは人通りの少ない畑や森のそばだと、熊だとかが出そうです。今度は鈴持参でやって来ましょうか?▼

サロマ湖を望みながら進みます。▼

30分ほどで、計呂地に到着。ここから先の停留所の名称は、3号線、4号線といった北海道特有の農地の区画となり、バスの終点の19号線で折り返し後、約40分後ここに戻ってきます。車内で1000円が崩せなかったので自販機で小銭を作り、帰りに往復の料金を払うことにしました。ひたすらおおらかな空間でした。▼

旧湧別線はここ計呂地からいったん佐呂間に南下して、再びサロマ湖の東岸付近の常呂から、能取湖畔を回りながら、網走に至ります。網走からは釧網本線に接続され、さらにオホーツク海沿岸に沿って知床方面に向かいます。▼

ここからさらに網走まで線路が敷設されていました。▼

C58に旧型客車2両が連結されています。▼

オハ62は、大正時代に作られた木製の客車を戦後鋼製化改造したもので、特に北海道用に二重窓化した車両です(案内板の説明より)。▼

床下の車軸発電機。蓄電池と合わせて車内の電源としていました。▼

スハ45は、本州向けスハ43を北海道用に二重窓化した仕様の客車で、準急列車や急行列車に使われました(案内板の説明より)。▼

客車内は簡易宿泊所になっていますので、ライダー・チャリダーの御用達です。▼

サンゴ草自生地があるとのことで、湿地帯を木道で進みます。▼

9月頃になると赤く色づくそうです。▼

時間いっぱい、バス停まで戻りましょう。▼

旧計呂地駅を後にします。2,3人同業者はいましたが、バスで帰るのは自分だけです。▼

サロマ湖ともお別れです。今度は網走方面から能取湖散策も兼ねてアプローチしたいです。旧湧別線路線バスの旅はまだ始まったばかりです。▼

14:00中湧別に到着。お疲れ様でした。▼

旧中湧別駅のプラットホームまで来ました。▼

これから、もうひとつの駅跡散策に続きます。

(続きはこちら)